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インクルーシブな日本を目指して。ルビからはじまる寛容な社会 東京大学 総長・藤井輝夫さん×ルビ財団設立者・松本おおき 対談

インタビュー

2024/12/12

東京大学の総長藤井輝夫さんとルビ財団設立者の松本おおきが、ルビについて話す対談をお届けします。
ロフィール
藤井輝夫
東京大学工学部船舶工学科卒業後、大学院にて海中ロボットの研究に従事。1993年に東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了後、理化学研究所等での勤務を経て、1999年に東京大学生産技術研究所助教授、2007年同教授、2015年同所長。2018年より東京大学大学執行役・副学長、社会連携本部長を務め、2019年より同理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)。2021年4月より東京大学第31代総長。博士(工学)。
松本おおき
1994年、史上最年少の30歳でゴールドマンサックス・パートナーに就任。アジアにおけるトレーディング、リスク・マネジメントの責任者となり、スペシャル・シチュエーション・グループも設立。 1999年にソニーと共同でマネックスを創業し、2004年にマネックスグループを設立。マネックスグループは現在、日本、米国でのリテール向けオンライン証券会社であるマネックス証券、トレードステーション証券、日本最大級のデジタル資産取引所であるコインチェック、エンゲージメント運用をするカタリスト投資顧問などの資産運用会社も運営している、グローバルな大手オンライン金融機関である。経済審議会委員、東京証券取引所を含む複数の上場企業の社外取締役歴任。ヒューマン・ライツ・ウォッチの元副会長、現在は米マスターカード・インコーポレイテッドの社外取締役。

本対談の一部は動画でもご覧いただけます。

振り返ると、ルビが好奇心と学びの後押しをしていた

松本:
まず、どうしてルビ財団をつくったのかという私の思いや経験からお話したいなと。

私の両親は、共に出版に関わる仕事をしていたこともあり実家は本だらけ、という環境の中で育ちました。特に親父が本の虫のような人で、本当に壁全てが本棚というような家だったんですよ。なので、小学校にあがる前から本棚の下の方にある本を引っ張り出して、勝手に見ていた記憶があります。字が読めるようになった後の記憶の中でも、当時は総ルビ(もしくは多くルビをふった)本が多かったので、怪人二十面相のような小説や園芸本、美術史大全など様々な本を好奇心の赴くままに読んでいました。

例えば園芸本だと、苺を育てる場合の肥料は窒素・リン酸・カリが何%ずつとか、化学式が書いてある本でもルビがふってあることで読み進めることができたんですよね。誰に教わるわけでもなく本から勝手に学ぶことが出来たんです。

ルビのおかげで、自分の興味を広げることができ “本当に良かったな”と実感しているので、もっとルビを普及させた方が良いのではということでルビ財団の活動を始めました。

藤井さん:
なるほど。実は、ルビ財団さんのことをお伺いするまでは、ルビについて特別に意識したことはなかったのですが、今のお話を伺ってよくよく考えたら、私も子どもの頃にルビがふってある本を読んでいたな、と思い出しました。私の場合は特に、図鑑を見て過ごすのが好きでした。子ども向けの図鑑には必ずルビがふってありますよね。 

松本:
そうなんです。他にも、子ども用の漫画って基本的には総ルビです。だから親が子どもに「漫画ばっかり読んで!」ってよく言いますが、漫画ばかり読むのは当たり前なんです。ルビがふってあるから読みやすい。だからもっと色んな本にルビをふったほうがいいと思うんですよね。

それに、世界中で『大人用の本』と『子ども用の本』の区別があるのって日本だけなんです。例えば、英語だったら全てアルファベット表記なので、どんなに難しい最新の物理学の論文であったとしても、一応誰でも読める。読んでいて意味がわからなければ辞書を引けば単語の意味はわかりますよね。けれども日本語の場合、漢字が読めないと辞書を引くことさえ難しいので、すごいロスがあるなと思うんです。

藤井さん:
日本語の場合は、名前が漢字表記だけでルビがない時、どのようにお読みすればいいか、わからないことがよくありますよね。

松本:
名前もそうですし、例えば美術館に行って室町時代の作品を見ても、作者名や地域名、技法の名前などが漢字だけで書いてあると読めなくて…。そうなると頭にも入ってこないので、仕方なく横に書いてある英語の説明を読んで、どういった作品なのかを理解しています。

藤井さん:
確かにそうですね。

松本:
科学雑誌『Newton(ニュートン)』とか、私大好きなんですけど。ニュートンってルビが多いんですよ。

藤井さん:
おっしゃるとおり、ニュートンはルビが多いですね。 

松本:
一番最初のニュートンとの出会いは、親父が買ってきてくれて。確かその頃は“1番新しい惑星物理学が誰でも読める”っていうコンセプトだったと思うんですけど、それを読んで好きになって。その気持がいまだに続いているのか、なんとなくニュートンはずっと追っているんですよね。

それで最近見たらルビが増えていたんですよ。こういうのを見ると、「こういった物理の領域からは、優秀な人が出てくるだろうな」と思うんです。領域に向いている人が若い時から興味を持ち、頭をどんどん発達させるので。

どの分野にも、本当は中1くらいの年齢で天才と呼ばれる人たちがいると思います。スポーツだと天才児はそれくらいの年齢で世界一になっていますよね。だけど、学問の分野において今の日本では“読む”のが大変なので、まず不可能だと思うんです。なので“読めるような工夫をする”だけで、きっとあらゆる分野で天才というか優秀な人の人口が増えると思うんですけど。

 

音で受け取り、思考する

藤井さん:
お話を伺っていて、「ルビフル」は素晴らしい考え方だと感じました。いわゆる公教育、例えば小学校の学級の中でも、日本語指導が必要とされるクラスメイトがいることが増えてきています。こういった子どもたちが、普通の学校教育の仕組みの中で、他の子どもたちと同じ授業を受けて同じように学べるかというと、なかなか難しいことがある。一般的に教科書のルビは学年が上がるにつれて減っていくと思うので、そうなると、漢字が苦手な子どもたちはある程度の段階で授業についていけなくなってしまいますよね。

松本:
おっしゃる通りです。

私は教育とか言語の専門家じゃないので詳しいことはわからないのですが、我々人間が物事を考える時って“音の言葉”が頭の中を動いているように思えてならないんです。漢字が頭の中をバラバラと動いているのではなくて“音”で認識している言葉が重要なんじゃないかと。そう考えると、読めない漢字でしか書かれていないテキストって思考する材料にならず、読めて初めて思考できるので、まず読めることがすごく大切だと私は思っています。

藤井さん:
いま私たちはひらがなとカタカナを用いていますが、これらの仮名文字は、万葉仮名に遡ることができます。万葉仮名は、古くから日本で使われてきた大和言葉を音で表現するために作られたものだとされています。こうした仮名の発明によって、奈良時代や平安時代に中国から日本へ入ってきたドキュメントを、中国語ではなく日本語で理解できるようになったと聞いたことがあります。思考するためには自分たちの言葉でまず読み、そして理解する必要があったということが想像できるかと思います。

ルビは寛容さへの第一歩

松本:
我々、『ルビフルボタン』っていうのをつくっているんですね。これは、東大卒業生の石井大地さん(株式会社グラファー 代表取締役・創業者)が中心となってプロボノで助けてくれてできた仕組みなんですけど、既存のサイト上にルビフルボタンをつける(HTMLソース上にコードを追加)ことで、文章にルビを付けたり無くしたりできるんです。

ニッセイアセットマネジメント株式会社さんなど様々な企業で利用してもらっているんですが、本当は地方公共団体が導入することが良いと思っていまして。なぜなら地方公共団体の窓口業務で、外国の方への対応とかが結構大変みたいなんです。そこでルビフルボタンをホームページ上につけて、ルビのオン・オフができればお互いに随分楽になるはずだと思うんです。 

藤井さん:
サイト上にボタンを付けておけばよい、という手軽さが良いですね。地方公共団体でできれば、あらゆる手続きがより楽になるでしょうね。

松本:
最近はスマホに言語翻訳機能が付いたものも多いのですが、あれだとまるごと翻訳されちゃうので。日本に住んでいて漢字だけが読めない外国の方にとっては、どうなんだろうかと。最初からルビがふってあれば、日本語として理解できるかもしれないなと思うんですよね。

それと出版社の役割もやはり大きいですよね。というのも、編集者や著者があえて多くルビをふっている本は、たくさんの人々や子どもにも読んでもらいたいと思うくらい内容に自負があるからじゃないか。だからルビがふってある本は良い本が多いのではないかという仮説もありまして。

ルビ財団では『ルビ選書』といって、大人向けの本でルビが多めにふってある本を集めていて、理事の伊藤豊さんが実際に本屋に行き“ルビ採取”と言ってルビ濃度の高い本を探しているんですよ。選ばれた本を見ると、やはり良い本ばかりだなと思います。

「ルビが多いと読みにくい」っていう意見もあるみたいですが、ある研究によると総ルビが読みにくいと感じるのは全体の15%程度みたいです。他のほとんどの人はルビが気にならないみたいで。私自身もルビがふってあるほうが速く読めるんですよ。

藤井さん:
なるほど。これからは、ルビがふってある本を見たら「これはルビがふってある、社会的な包摂性を認識した、寛容で親切な本だ」という風に意識してもらうように人々の意識変革が進むと良いですね。そのようにして、ルビのある本を出そう、という風潮がだんだんと広がっていけばすばらしいですね。 

インクルーシブな社会へ

藤井さん:
私自身は、これからは外国から日本に来る方が増えるだろう、むしろ、増えていかないといけないだろう、と思っています。大人になってから日本に来た方々が、いきなり漢字を読むように言われても、それはかなり難しいことです。ひらがなやカタカナは覚えられても漢字まではなかなか大変だと思う。英語だけでも日本ではある程度は活動できますが、そのような人たちが日本語でいろいろなものに触れて、何かをしようとしたときに、ルビがふってあれば読むことができる。そうすれば、そのような方々の“日本語での世界”も自然と広がっていきますよね。

松本:
そう思います。それに実は、日本にいる外国人のうち英語を使っている人の割合は3割ぐらいなんです。中国語や他の言語であれば読めても、「英語は読めません」っていう人も結構多く、おっしゃるように日本にいる外国の方々は、ひらがななら読めて、ルビがふってあれば、自分で学習もできると思います。

それに現代の日本って、片親以上が外国にルーツを持つ子どもたちもすごく増えています。そうなると、漢字が読めないし親から教えてもらうのが難しいっていう子も多い。でも、そんな家庭環境の子たちでもルビがふってあれば自力で学ぶことができると思うんです。

藤井さん:
ちょうど今年(2024年)の4月に、東京大学では、多様性包摂共創センター(IncluDE)を設置したところです。インクルーシブで公正な社会の実現を目指す場としてこのセンターを創ったのですが、“ルビをふる”ということは、まさにその一つの実践だと感じています。

他にも、2023年4月には、東京大学グローバル教育センター(GlobE)という組織を設置しました。GlobEは、東京大学の学生の国際化をサポートするとともに、留学生や短期のプログラムなどで外国から来た方々へ日本語も含めた様々なプログラムを提供しています。

また、先ほど、ルビがふってある方が早く本を読むことができる、とおっしゃいましたよね。東京大学には、ニューロインテリジェンス国際研究機構という脳神経科学における世界トップレベルの研究を行っている国際研究拠点もあります。ルビの有無によって理解のスピードに違いがあるのかといったことは、研究テーマとして面白いかもしれません。ルビ財団さんの取組は素晴らしいので、このような研究の面でも、ぜひご一緒させていただきたいですね。

松本:
ありがとうございます。東京大学と一緒に何かできれば嬉しいです。

これからもぜひ、よろしくお願いします。