日本語学者の庵 功雄いおり いさお さんに聞く、やさしい日本語とルビの必要性
インタビュー
2024/04/15
「ルビの普及には、『難しい漢字や言い回しが知的である』という社会の認識を変える必要がある。そのためには、日本語話者に対して、やさしい日本語やルビを使うことのメリットを提示することが重要」。そう語るのは、一橋大学 国際教育センター教授で、言語学者・日本語学者である庵 功雄
グローバル化が進み、海外の人が増える日本では、今まで以上にやさしい日本語やルビが必要になるでしょう。
本記事では、やさしい日本語とルビがいかに重要か、庵
漢字をより多く学ぼうとするより、「やさしい日本語でいかに相手を説得するか」
「やさしい日本語」は、海外ルーツの方など日本語を母国語としない人、日本語を使わない人にも伝わるように配慮した、わかりやすい日本語のことです。ルビを振る、漢字を減らす、難しい言葉遣いを避けて平易な言葉遣いに変える、などを含みます。
海外ルーツの人が日本語で書いた文章を読む際、漢字にルビがあったほうがいいというのは、多くの人々にとって異論のない意見でしょう。ルビ財団では、日本語を話せる方に対してもルビを普及していこうと取り組んでいます。しかし、日本語話者が読む想定の文章にルビが必要かどうかは賛否両論というのが現状です。この状況に対して庵
庵
明治初期、福沢諭吉のような開化論者は江戸時代の文化をマイナスに評価していました。なぜかというと、江戸時代は知識階級に独占され、難しい漢字や言葉を使って話すことがインテリだと見られる傾向があったためです。そこで福沢諭吉は、難しい漢字や言い回しを使うのはやめて、分かりやすい言葉遣いや最低限の漢字に限定すべきだという意見を提唱しました。
戦後、日本が実質的にアメリカの占領下にあったとき、アメリカも福沢諭吉と同じようなことを考えていました。漢字という一部の知識階級が作り出したイデオロギーに乗っかったことで日本はダメになったのだと。つまりアメリカは、漢字があるから日本は識字率が低いのだと考えたわけです。結局、漢字を廃止する方向には進まなかったのですが、それでも常用漢字の数を制限したり、字体を統一したりする取り組みは行われました。
ところが、日本でワープロが普及して、読み方さえ分かっていれば漢字を筆記できるようになりました。その結果、徐々に「漢字を増やしても問題ないじゃないか。制限しなくてもいいじゃないか」という考えが広まってきたのです。
実際に現在まで、常用漢字の数は増えてきています。漢字を制限しないことで、漢字のバリエーションが増えることになり、それが文化だと捉えられているようです。その結果、漢字をどんどん増やす方向に進んだのです。しかし、この流れが本当に文化的なことなのか、庵
庵
日本語によって知的レベルをひけらかすことではなく、日本語を使って相手を説得できることが大切と考える庵
日本語における正書法のあいまいさが、ルビ論争に影響している
庵
また、ルビが必要かどうかの論争には、日本語における正書法(正しい書き表し方)のあいまいさも影響していると、庵
庵
ただ、言語学的に「この漢字にはルビを付けるべき」「この漢字には付けなくてもいい」というルールを、一定の尺度に基づいて決めること自体は難しくはなく、そういうルールを国が決めて発表するということもできなくはないというのが、庵
日本語話者がやさしい日本語やルビを使う鍵は、非日本語話者とのコミュニケーション
仮にルビに関する日本語のルールを決めたとして、各個人がそのルールを守るかどうかは、また別の話。ルビを不要だとする人を納得させるには、やさしい日本語やルビを使うメリット・インセンティブを提示することが必要になるでしょう。それにあたって庵
庵
しかし、このような議論をすると「なぜ母語話者が歩み寄りをしなければならないのか。非母語話者が母語話者と話せるように言語のレベルを上げるべきではないか」という意見が出てきます。その意見を回避する方法を見つけなければ、やさしい日本語やルビを使おうという考え方は普及していきません。やさしい日本語やルビを使うこと自体が日本語話者にとっても役に立つことだと提示しないと、うまく普及しないでしょう。その時のインセンティブとして考えられることが、外国人に分かりやすい言葉を使うこと自体が、知性であり、コミュニケーション能力の向上につながるのだという価値観を多くの人が持つことだと思います。
ここで先述の「漢字の使い分けなどに割くのではなく、相手をどう説得するかという訓練に切り替えること」の話につながります。相手を説得するために身に付けた話し方・書き方を他の場面において転用し、「今この相手を説得するにはどんな話し方・書き方をすればいいか」を考える。この技術こそが本来のコミュニケーション能力であるという価値観を普及させるべきというのが、庵
庵
やさしい日本語とルビを普及するには、情報発信者側だけでなく受信者側の意識改革も重要
やさしい日本語を使う人は少しずつ増えているものの、庵
一方、やさしい日本語やルビを普及させるには、情報発信者だけでなく、情報の受信者の認識も変える必要があり、これも普及を妨げている障壁の一つだと庵
庵
長い文章を書けば良いのか、難しい表現を使った文章が優れているのかというと、そうではありません。文章が長くなるほど論点がずれてきたり、不要な情報が入ってきたりして、かえって分かりにくくなる場合もあります。もし、話し相手や読み手が日本語に慣れていない人だった場合、伝えたい内容を充分に理解してもらえないかもしれません。そういった状況が今後増えてくると思われます。その対策として文章を短くする、ひいては内容を分かりやすくするために、やさしい日本語を使ったり、ルビを使ったりする工夫が今後、ますます求められることでしょう。
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