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読み方だけでなく、文脈も読み取れるようになるべきー経営者/元物理学者・北川拓也さんが語るルビの重要性と将来性

インタビュー

2024/04/15

経営者であり元物理学者の北川拓也さんに、ルビの重要性と将来性についてインタビューしました。
ロフィール
北川拓也
QuEra computing経営者、公益社団法人Well-being for Planet Earth共同創業者兼理事。 元楽天グループ常務執行役員CDO(チーフデータオフィサー)として、AI/データ戦略、研究、実行を担い、インドやアメリカを含む五拠点の海外組織を統括した。 理論物理学者としては非平衡でのトポロジカル物質の理論に貢献、20本以上の論文を出版。トポロジカル物質を産業化するTopologic社を共同創業した。

「ルビは漢字の読み方を伝えるものですが、より広く捉えて、文章を理解する補助として、文脈を理解できるような仕組みができると面白いですよね」。そう語るのは、経営者であり元物理学者の北川拓也さん。

ルビ財団の取り組みを好意的に捉えつつ、まだまだたくさんの課題があるとも考えています。

また、北川さんは灘高校を卒業後ハーバード大学でPh.D.を取得し、数多くの本にも触れてきましたが、文章を100%理解して読んでいたわけではなかったと語ります。北川さんほどの人でも文章を読めていないと感じるのはなぜか、その上でルビがどのような役割を果たすのかをインタビューしました。

ルビは辞書的な読みや意味を伝えるだけでなく、文脈を伝えられるよう抽象的に使われても良い

ルビ財団が発足したきっかけは、代表理事の伊藤がマネックスの松本大(まつもとおおき)と対談したことです。松本は「もっとルビが世の中に普及してほしい」と考えています。その背景には、松本が幼い頃、大人向けの本を読んでも漢字にルビが振ってあれば、内容は理解できなくても読み進められたことがあります。それがいろんな分野に興味を持つきっかけになりました。

伊藤も、娘の姿を見てルビの必要性を感じる経験がありました。娘が興味を持った本を買ってあげると難しい漢字にルビが振っておらず、興味を失ってしまうことが多かったのです。

子供が「知りたい」と思った分野があっても、実際にその本を読んで、漢字にルビがないために興味を失ってしまうのはもったいない。また、自分に馴染みのない分野の専門書を読もうにも難しい漢字が多くて挫折してしまう大人が多いことや、海外の方が日本語を勉強する際に漢字の読み方が分からなくて困ってしまうこともよくあります。そこで立ち上げたのがルビ財団です。

北川さんはルビ財団の活動に対して、子供から大人まで、幅広い世代のことを考慮した優しくて素晴らしい活動だと感じつつ、ルビの有無は大きな問題の氷山の一角だとも語ります。その問題とは、単語や言語があったときに、その読み方だけでなく意味も理解できない人がいることだそう。

北川さん:
本や文章を読む際、多くの人が言葉の意味を理解しないまま読み進めていると思います。筆者が伝えたいことのうち、読者が理解しているのはおそらく10%か20%程度でしょう。特に科学の分野では、内容をしっかり理解して読み進めている人の割合は、極端に減ります。

私が、なぜこのような問題を感じているのか、その理由はルビ財団の運営方針と共通しています。読めない文字や単語が多いから段々と興味を失ってしまう。その結果、目の前の文章を読み切れないだけでなく、興味がある分野そのものも失って、人生の楽しみまでくしてしまう。それこそが問題だと思うのです。

また北川さんは、ルビはもっと抽象度を上げて捉えても面白いと語ります。ルビによって単語の読み方や意味など辞書的な情報に置き換えるだけでなく、歴史的な文脈やテクノロジーの文脈に置き換えても良いのではないか、というのが北川さんの意見です。

北川さん:
私は、1つの単語でも多様な文脈があると思っていて、読み手の文脈の裾野を広げてあげることをサポートするのが、ルビの本当の価値だと考えています。デジタルのメディアであれば、「文脈の裾野を広げること」が容易にできるんですよね。従来、文章を読むのは紙の本が中心だったため、ルビを振ったり、他の辞書も使ったりすることでしか文脈を理解できませんでした。しかしデジタルの世界ではパソコンやスマートフォン、ChatGPTなどを使い、多次元的かつ簡単に文脈を調べることができます。

ルビ財団は、単に漢字にルビを振るだけでなく、「読者に単語のさまざまな文脈を理解してもらう方法」を追及し、普及するという目標を持つのも良いのではないでしょうか。

北川さん自身、文章を全て理解して読んでいないことに気づいた

北川さんが「本の内容の10%から20%くらいしか読者に伝わっていない」と感じた背景は、自身の原体験にあると語ります。

北川さん:
恥ずかしい話ですが、「本の内容の10%から20%しか読者に伝わっていない」という話の読者とは、私自身のことを指します。

本の内容を全て理解しないまま読み進めることが、必ずしもマイナスだとは思いません。私が今まで学者としてやってこれた理由は、本や文章を何となく読み進めているものの、自分の頭の中で内容を再構築できていたからだと思っています。私は人が表現しているものを見て、その内容を自分の世界に吸収し、再構築することが得意です。しかも単に再構築するだけでなく独自の色を付け加え、世の中にない解釈を与えることもできるため、新しい理論などを世に示すことができました。それが学者としての仕事や、経営者としての価値創出などにつながっているので、良い部分もあります。が、なぜ自分がこんなにもクリエイティブなのか思い返すと、文章の意味を完全に読み取るということを意識してこなかったからだと思うのです。

北川さんでも、筆者が伝えたい内容を完全に理解できていなかったと感じているのは、非常に興味深いことです。実際に自覚したのはいつ頃だったのかを伺いました。

北川さん:
だいぶ遅かったと思います。中高生の頃は国語という分野に興味がなく、テストの点数が低くても気にすることはありませんでした。それでも、当時からたくさん本を読んでいたこともあり、良くも悪くも国語の勉強や文章を読むことに対して苦手意識は感じていなかったんです。だからこそ「自分はただ本を読んでいるだけ」という期間が長く続き、「内容を完全に理解できているわけでない」ということに気づくのが遅れてしまいました。

また北川さんは、学者と呼ばれる人たちの読書量は人並み以上で知識も豊富であるが、その反面「自分は本の内容を理解している」と錯覚しがちであること。そして周囲の人も大量に本を読む学者に対して「本当に内容を理解して読んでいるのか」と指摘しにくいため、自覚する機会が少ないと続けました。

北川さん自身、学者として多くの本に触れながら、自分が読書の本質に気づいていないことを自覚できた要因の一つは、小学生の頃の経験を思い返したからだと語ります。

北川さん:
私が小学生の頃、新聞を読もうとしたことがありました。当時から私は本をたくさん読む少年だったので、新聞も難なく読めるだろうと思っていたのですが、何が書いてあるのか全く理解できなかったんです。

文章を理解できないことの背景には、「なぜ(WHY)が理解できない」ことがあると思っています。例えば「政治家の◯◯さんが何々をした」と新聞に書いてあっても、なぜその行為をしたのか、そしてその行為がなぜ重要なのかが読み取れないと、文章に含まれている単語のどれが重要なのかが分からず、調べることもできず、文章そのものが意味の分からないものになってしまいます。当時の自分は、まさにこの状態でした。けれど、少年だった私はそこで立ち止まることなく、「まぁいいか」と諦めて先に進んでしまったのです。当時、今のパソコンのように分からない単語をダブルクリックして、その場で意味を理解できれば、新聞を読むこともでき、人間としてもっと早く成長できていたなと感じます。

ルビの真価は読み方が分からない単語を認識し、その意味を調べるきっかけを作ること

小学生の頃から家に大量の本があり、いつでも読書ができる環境にいた北川さん。平均的な小学生より読書量は多かったのは間違いないものの、やはり読めない漢字に出くわすこともあったそう。しかし、少年だった北川さんは、あまり気にすることなく本を読んでいたと語ります。 

そして北川さんは、マネジメントをする立場になって気づいたこともあると続けました。それは、自身が人の話を聞くとき、一言一句気を配り、記憶しているわけではないということ。そのため、本を読んでいて読み方が分からない単語があっても気にせず読み進めてしまうのではないかと、自身を分析しています。

北川さんのような文章の読み方をする人に対しての課題を、ルビ財団は感じています。北川さんが言うように「意味が分からない単語があっても自分なりに解釈して再構成するからこそ、クリエイティブな思考が身に付く」と考えている方もいると思います。このような方々に対して、全部の漢字にルビを振るのは、私たちの考えを押し付けているのではないかと感じてしまうこともあります。北川さんに意見を聞いてみました。

北川さん:
私は押し付けとは感じません。単語の歴史的な文脈やテクノロジー的な文脈などさまざまな文脈を理解できた方が、本当の意味で想像力が豊かになると思っています。単語には1つの意味だけでなく、さまざまな意味が存在しています。分からない単語を自分の頭の中で補完し、1つの意味だけしかインプットしないことは、むしろ創造性を狭めている可能性さえあるでしょう。

単に漢字の音を読むためにだけルビを振るのではなく、読み方が分からない単語を認識し、その意味を調べるきっかけを作ることにこそ、ルビの真価があると、北川さんは考えています。

「ルビにより文脈を読み取れるようにすること」を外国語で実現するのも面白い

ルビ財団の活動は、デジタルの本ではなく、紙媒体の本を読む読者を想定した活動であると捉える北川さん。これまでルビは日本独自の文化として普及してきた印象があるものの、外国語にも同じような概念を取り入れることができれば、さらにルビが普及するのではないかと、北川さんは言及します。

実際に大量の本を読む北川さんに対し、デジタルの本と紙の本をそれくらいの比率で読んでいるのか、それぞれどのような良さがあるのかを尋ねました。

北川さん:
高校生までは紙媒体を利用することが多かったと思いますが、大学生になる頃には、比率は半々くらいになっていたと思います。研究者になってからはデジタルが9割、紙が1割くらいですね。

学生の頃、私は海外留学をすることになっていました。当時、日本にいながら英語圏の情報にアクセスできる手段がデジタルな方法しかなく、洋書を紙で手に入れるのはもの凄く大変でした。そのため、かなり昔からデジタルに移行せざるを得ない状況でしたね。

大人になればデジタルで本を読むことができるようになりますし、最近は小中学生でもデジタル端末を扱える子が増えていると思います。ルビ財団でも、紙の本は端末を起動したりせずともすぐに開けるので、気になることをその場で調べられ、興味を失うことが減ること紙の良さではないかと考えています。北川さんにも伺ってみました。

北川さん:
"デジタルの本を読んで学ぶことと、紙の本を読んで学ぶこととでは、使っている五感が違うと思います。そのため、紙の本を読むことにも価値はあるというのは、私も同意です。 

本の内容によっては、今でも紙の方が読みやすいこともありますよね。例えば、物理の本は文章だけでなく、グラフやイラストも多く含まれています。紙の本はデジタルよりもページをったり来たりしやすいので、どの文章がどのグラフの説明をしているのか照らし合わせやすいです。このような観点で考えると、教科書などは今でも紙の方がメリットが多いのかなと感じます。"

一方、北川さんはアクセシビリティの観点ではデジタルの本の方が、収入格差や地域の壁を超えて幅広い人々に活用してもらいやすいと語ります。さらに、今後のルビ財団の活動にはクローバルな視点があっても良いとしました。「ルビを振る=文脈をしっかり読み取れるようにする」という文化を日本語だけでなく、外国語でも成り立つように抽象度を高めて普及していくのも面白いのではないかと付け加えました。

グローバルに関する話が出たため、ここで北川さんがハーバード大学で勉強をしているときに、日本語で学んできた自分と、英語で学んできた人たちとのあいだで感じる違いについて聞きました。

北川さん:
差があるとしたら、言語というよりも教育のシステムですね。特に、英語圏の教科書の方が、日本で使っているものより良くできていると感じました。そもそも話者の数が日本語と英語では違うので、ある特定の分野に関して知識を持っている人の数も、日本と英語圏では大きな差があります。つまり英語圏の人たちは、ある分野で本を出版しようと思っても母数ぼすうが多く、日本と比べて競争が非常に激しいのです。そのため、出版され、学生が使う教科書になるほどの本は、内容が洗練されています。

さらに私が感じたのは、英語圏の本はただ知識を紹介するだけでなく、その知識がなぜ重要なのか、WHYの部分をとても丁寧に、あらゆる角度から解説してくれているものが多いということでした。文章を理解することとは、このWHYを理解することだと思っています。英語圏の本はWHYの説明が丁寧にされていることが多いと個人的に感じています。日本の本にルビを振ることは、文脈、すなわちWHYを読者が理解したり、調べたりするきっかけの1つになるのではないでしょうか。 

​​ー当然、英語の本が全て日本語で書かれたものより優れているとは限らないものの、北川さん以外の学者も海外の文献を参考に研究を進める人が多いことから、傾向として英語の本の方が洗練されている場合が多いと、北川さんは付け加えました。

ルビがあることで海外で育った子供たちは日本で暮らしやすくなる

他にもルビ財団が感じている課題として、「簡単な漢字にはルビは不要」「ルビが多いと漢字を読む能力が低下する」と考えている人が一定数いることがあります。この課題に対して北川さんは、ルビの必要性は個人の感じ方次第ではあるものの、ルビがあることで海外で育った子供たちが日本で生活しやすくなるメリットはあると考えているとのこと。その一方、ルビを振ってまで漢字を使い続けるかは、個人レベルではなく日本全体で考えていくべき課題だと語ります。

北川さん:
私には1歳の息子がいて、つい先日アメリカに引っ越してきました。海外で子供を育てる親として感じる課題に「海外で生活していて、子供が漢字を読めるようになるのか」ということがあります。私だけでなく、海外で暮らしている日本人の家庭なら同じ悩みを抱えているはずです。

日本は人口が減少しているため、今後経済発展を目指すなら、グローバルに活躍できる人材を増やすことは必須といえます。50年後くらいまでは日本だけで生活することはできるでしょうが、100年後、200年後を考えると現在の日本は持続性がないというのが個人的な意見です。このような状況だと、海外で育つ日本人も増えていくでしょう。そうなったとき、ルビが振られない漢字がたくさんあると、海外にいる日本人は日本で生活しにくくなるので、日本に帰って来なくなると思います。

現時点ではまだ、海外で子育てしている日本人の親の多くが「子供は日本国籍なのに漢字が読めないと日本で生活ができないから、漢字を教える」と考えている場合が多い。けれど、30年もすれば「漢字が読めないなら、日本に帰るのはやめて国籍を変えよう」と考える家庭の割合が逆転する可能性が高いと、北川さんは語ります。

読み方だけでなく文脈を伝えること、そして海外で育った子供たちが日本で暮らしやすくすること。ルビの役割は時代とともに変化するのかもしれません。