ルビで広がるインクルーシブで好奇心にあふれた世界
インタビュー
2024/04/15
ルビ財団は、こうしてできた
松本:
僕は昔から「インターネット総ルビ図書館」を作りたいと思ってたんだよね。
小さい時にルビ付きの本を読むことが多くてね。本だらけの家で、畳とか絨毯から天井まで、壁全部が本棚の家だった。怪人二十面相みたいな子供向けの本だけじゃなくて、園芸本とか世界美術史とか、大人向けでもルビがついている本が、昔は多かったんだよね。で、おそらく、下の方の、僕が引っ張り出せるところにルビ付きの本が置いてあったんだと思うのだけど、そんなのをよく読んでいた。園芸本ならイチゴの作り方とか。1時間に何cc水を上げるとか、肥料は液化カリウムがどうとか、まるで科学の本みたいな感じで。そんなのを読んだりして色々と興味が振れていったという経験があったんだよね。 僕の記憶では、昭和50年頃までは、朝日新聞とかもふりがなが振ってあった。そうすると、何が書いてあるかよくわかんないけれど、ふりがなが振ってあると一応読めるので、「なんなんだろうな?これ」と思ったりできたんだよね。
その後、ある時から一気にふりがなが無くなっちゃって不便だなと思っていた。僕も読めない漢字がいっぱいあるし。美術館に行っても、 「室町時代の誰々さんがこういう手法でつくったこういう作品です」という説明が、作品の名前からして読めなかったりしてね。仕方がないから、下に書いてある英語の説明を読んで、読み方を知ったりとかね。
読み方がわからないと頭にはいらない。イメージができなくて理解もできない。そういう状況が嫌だなと思っていた。
マネックスグループで、教育事業をやろうということで、STEAM教育*のVilingという会社を買収して事業を始めたら、STEAM教育の根本理論で、「まず問題が分ることが重要」というのがあることを知った。子供が算数の問題が解けないことのほとんどの理由は、問題の意味が分からないからだということなんだよね。はたと、「ちゃんとルビが振ってあればいろんな人が読めるのに」と。子供が漫画ばかり読むのは、漫画にはルビが振ってあるから。でも漫画は子供の本。大人の本にルビが振ってあれば、興味に任せて大人の本を科学や芸術、人文社会学など、色々な本を読むことができるよね。で、自分の興味を耕していくことができる。
*Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術)、Mathematics(数学)の5つの英単語の頭文字を組み合わせた造語で、理数教育に創造性教育を加えた教育理念。
また、日本も、外国人の方との間の子供さんが増えてきて、家で日本語を使う機会が限られたりして、日本語、特に漢字を苦手に感じ、学校生活などで困難を抱えることも多いと聞いている。漢字にもっとふりがなが振られていたら、多くの子供が興味に任せてどんどん発達していけるし、伸びていく。もっと広く考えると、より多くの人がインクルードされていけるのでいいなと思っている。
アメリカなど、アルファベットの国では、子供でも論文が読めるよね。意味がよくわからなくても読むことはできる。だから小さいときから「これってなんだろう」という興味に任せて進んでいけるのではないかな。音楽も、優秀な子供は小中学生のうちから世界をめざして教育を受ける。アスリートも。でも、日本にいると、科学やそういう専門分野は、まず、大人になって漢字が読めるようになってからでないとアクセスできない。英語だったら、最初から読めるわけ。これには巨大な差があるよね。そういうのもよくないなと。そこが私の元々の発想だった。
でも、よくよく考えたら、社会全体のインクルージョンという発想もでてきた。
英才教育の部分でもすごく良いし、裾野を広げるという意味でもよい。両方で良いと思う。そんな思いがあって、やりたいなと言っていたら、伊藤さんがやりましょうと言ってくれたんだよね。
伊藤:
私がスローガンを起業したのは18年前。高校・大学の先輩で起業して成功されている方ということで、松本さんに手紙を書いて会いに行ったのが出会いでしたね。そこから開成高校の起業家の集まりを年に一回、松本さんを囲んでやることになって、そこの幹事をやっていて。2021年にスローガンが新規上場するときに、マネックスさんに共同主幹事という形でお手伝いを頂きました。上場後1年くらいで社長を退任する発表をした後、「次に非営利的なことで社会に良いことをやりたい」ということをお伝えしたら、松本さんから「こういうのに興味があるか」という事で、ルビの話がぽろっと出てきて。僕としては、その時子育てをしていて、子供が小学5年生と幼稚園の年長だったので、子供に本を買い与えて読書好きになってほしいと思っていたところでした。でも、少し背伸びして中高生向けや大人向けの本を読もうとすると内容的には読めるはずだけどルビがないから読めないということが結構あって、もっとルビが広く振られているとよいな、ということをちょうど思っていたので、すごく共感をして、「それは面白いですね、やりましょう!」ということで一緒に財団をつくる準備を始めました。
考えてみると、子供だけではなく、外国人や大人にだって、漢字がハードルになることは結構あると思います。そもそも社会に必要なのに、なんでこんなに広がっていないのか。研究もあまりないようで社会の盲点になってしまったテーマなのではないか。これは相当面白いテーマだなと思っています。
松本:
そして、次々と素敵なタレントが集まってくれたよね。
伊藤:
理事の仲川さんは、元IBMのコンサルの出身で印刷会社の3代目。ウェブサイトにルビを振る/なし、にする仕組みをさっと作ってくれました。ChatGPTでコーディングをみつけて。
松本:
理事の宮崎さんは、ずーっとお子さんの学校で読み聞かせをボランティアでやっていて、漢字には問題意識を持っていたようだね。フローレンスをはじめ、ソーシャルに長い経験があり、頼れる存在だよね。
そして、評議員の土井香苗さん(ヒューマンライツウォッチジャパン代表)。ルビは、ヒューマンライツに関係する問題。インクルージョンの部分で頼りにしています。
評議員の郡さんは、政策広報、アドボカシーの専門家。ルビを広げていくのに心強い存在です。
伊藤:
そして、事務局には、財団設立や運営の支援という新しい事業を立ち上げた、フィランソロピー・アドバイザーズ(株)の藤田さんと小柴さんに入ってもらいました。
松本:
この組織は、非営利で、社会に良い活動をするためのものなので、わかりやすく財団にした。みんなが、いろんなアイデアとかをどんどん出していってくれると、すごく良いよね。
今後の活動は、社会に広く知ってもらう活動から。
松本:
まずは広報活動。広く社会に「ああ、そうだな」という共感を多く持ってもらうことが大切だよね。
伊藤:
そうですね。ある出版社の方とお話したら、ルビは「盲点だ」と言っておられた。考えたことのないテーマだったと。ルビの意義とセットで伝えていければと思っています。
松本:
出版社や自治体とか区役所に、「もっとルビ振ろうよ」とか。
新聞社へ、ルビの復活を提案とかね。
伊藤:
自治体については、ルビシティとかルビタウンと言って、ルビを振る街をどんどん増やしたい。子育てしやすい街とか外国ルーツの人も暮らしやすい街ということで移住や二拠点なども含めて関係人口を増やすためなど、自治体のPRにルビが使えると思っています。
松本:
街の標識も、ルビが振ってあると、外国の人とか、はるかに理解できる確率が上がると思う。
これからも外国ルーツの人たちは増える傾向にあるだろうし、すでに外国籍の住民も多い、例えば東京で言えば新宿区にもアプローチしたい。
*新宿区は現在、人口の12.4%を外国籍の住民が占める(※ 2019年1月1日現在:東京都総務局)
伊藤:
街中の表記についてですが、最近はローマ字で振っているのが多いけど、日本に住んでいる外国人の8割程度は英語になじみがない*ので、実は英語で読み方を示すというのが適切なソリューションになっていない部分もあるんです。ローマ字でフリガナを振られても、ヘボン式のローマ字になじみがないので。伊藤も「ITO」と振っても、「いと」、なのか、「いとう」、なのかわからない。だから、ひらがなさえ覚えれば全部読めるよ、とした方が良いのではないかなと思っています。今は、結果として、英語を増やして、中国語を増やして、ハングルも増やして・・・と、併記するという流れはあるのですが、ひらがなを覚えてもらう、というのもよいアプローチではないかと。
*出入国在留管理庁 文化庁「在留支援のための やさしい日本語ガイドライン」(2020年8月)から調査
85.67%の在留外国人は、英語を公用語としていない国の出身者である
https://www.moj.go.jp/isa/content/930006072.pdf
松本:
外国をルーツに持つ方々にも、日本語の問題を軽減してもらって、安心して生活してほしいですよね。
ルビは、日本語を権力から解放する?
松本:
小さいときに、「天才バカボン」を読んだ時のこと。第一巻で、パパが駅前で映画を観てきたと。タイトルは「とにりぬ、じゃ~」と。「風と共に去りぬ」だったんですよね。漢字の部分が読めないと、イメージが持てないですよね。読める人はいいんだけど、読めない人にはすごくハードルが高い。それを子供のころからずーっと覚えています。
僕がこれから出そうとしている資本市場に関する本も、ルビフルにしたいと思っているんだ。ターゲットの読者層は、金融や政策、経営に関わるような大人なんだけど、興味を持つようであれば子供にも、読んでもらえるとよいなと思って。
そもそも言葉って、権力と結びついているようなところがあるよね。古くは聖書。聖職者しか書き写せなかったから権力がそこに集中した。グーテンベルクが印刷機を発明して、ルターが聖書を広めた。聖書を印刷して配るということで、聖書を権力から解放した歴史がある。国が作る法律やガイドラインとか、独特の言い回しで本当に難しい。わかる人だけのものになっている部分もあるのではないかと。昔から、言葉ってそういう風に使われてきているところがある。また、あえて難しい言い回しをする人もいるね。でも、まずは、分かってもらうことが一番大切だよね。読む人が限られるような内容に、ルビが振ってあれば、興味を持つ高校生なんかも出てくると思っているのだけど。
伊藤:
その松本さんの本が我が家に置いてあったら、小6の娘が、読んでみようとはするかもしれないですね。ルビが振っていなかったら、「自分向けではない」と考えるでしょうね。
松本:
先日、大学に行ったときに量子力学の本を買ったのだけど、読もうと思ったら漢字が多くてなかなか読み進められない。専門語が多くて。音が解ればまだ良いんだけど。
伊藤:
大人でも漢字読めないですよね、って話を、最近よくしているんです。「そう?」とか「読めるよ」という人もいるけど、僕の予測では、そういう人は、自分のなじみのある分野しか読んでいないのだなと思うんです。自分の専門ではない本を読もうとしている人ほど、「漢字は読めない」という自己認識を持っているはず。僕も、ビジネス書だけ読んでいると読めないということはなかったんですが、社長を辞めて、別のことをやろうと思っていろんな本を読んでいると「読めないじゃん!」みたいなのがいっぱいあった。
松本:
茶道の本なんか、本を開けたら、何も読めないよ。漢字は知ってるんだけど。証券会社の専門用語でも、「約定(やくじょう)」とか「成り行き(なりゆき)」とかって、初めは読めないでしょ。ひらがながついていたら、どんな楽なことか。そういうので、ふりがなが振ってあると、すごい敷居が下がるよね。だから、ルビを広めていきたい。そうすれば、あらゆることのすそ野が広がるよね。
物理や数学の天才は、小学生の時からそういう素質はあるはずで、そういう子供たちは、(専門書が読めれば)どんどん読んで、どんどん育っていくはず。
伊藤:
先日、いろんな国・言語・文化で教育を受けた経験をもつ「6か国転校生 ナージャの発見」の著者であるナージャさんと話して、日本語環境の特殊性に気づきました。アルファベットの国と違って日本では漢字の習得に時間がかかるため、学年によって読める漢字が限られるため、読める本も限られる。そのため、無意識に「子ども向け」「大人向け」と本が分断されているような印象がある。アルファベットの国であれば、意味がわからなかったり発音が違っても、大人向けの本を「読む」ことは可能。もちろん単語の難易度とか内容テーマ的に大人向け、子ども向けという区分は存在するが、読めるかどうかでの違いはない。というお話でした。
たしかに、ルビのない漢字ばかりの本は、あきらかに大人向けと認識されて子どもは「自分向けじゃない」と思ってしまう。せっかく興味関心をもっても、より背伸びをして学ぼうとした時に、漢字が読めないという壁がある。アルファベットなら読めるしスペルがわかれば調べやすい。日本において日本語で育った私たちには気づきにくい視点だなと思いました。
松本:
なるほどね。僕の記憶では小学3年生くらいまでは、新聞にルビが振ってあった。それを読んで、水俣病とか、「水銀でこうなるの?」とか。そんなふうに記事を読んでいた記憶があるね。
今、僕は毎日の小学生新聞を有料で購入してるの。とても良いよ。ルビが振ってあって。参議院選挙のこととか、ちゃんと説明してくれてね。今日はLGBT法が成立とか。子供がわかるように説明してくれてるの。わかりやすい!
伊藤:
僕たちのルビフルな活動で、だれにもやさしい開かれた社会が実現するように、みんなで力を合わせていきたいです。これを読んで共感を頂けた方は、ぜひ、ルビ財団にご連絡をください!
ご連絡はこちらまで!
info@rubizaidan.jp