不登校になっても、いつでも学び直せる教材作りに必要なもの/NPO法人eboard 中村孝一さん
インタビュー
2024/08/20
事業スタート後に気づいた、字幕・ルビの新たな可能性
元々、塾講師や学習支援ボランティア活動をしていたという中村さん。それらの活動を通して不登校の子や塾に通えない子たちと接する中で、“自分のペースで学び直す機会が必要だ”と感じたそうです。そしてその手段として、動画解説教材をつくれば多くの人にその機会が巡ってくるのではないかと考え、eboardをスタートさせました。
中村さん:活動を開始してちょうど10年を迎えたのですが、特にコロナ禍以降、事業を進めていく中で、発達障害や聴覚障害、外国ルーツの子など特別な支援が必要な子たちもeboardを使ってくれていることがわかってきました。事業を立ち上げた当初は、経済的に困窮している家庭の子や不登校の子に届けたいという思いでICT教材の開発を始めたんですが、利用する子どもたちが徐々に広がってきていたんです。
そしてコロナのタイミングでeboardの利用者が一気に7倍ほど増え、一人1台(パソコンや端末)の支給も拡がりました。学校を通じてこれまで以上に多くの人にeboardが届くようになったことで、現場の声もより多く届くようになりました。それを契機に、より積極的に 「やさしい字幕」やデジタルドリルのルビづけの取り組みを進めることになりましたね。
正直そういった声が届く前までは、特別な支援が必要な子たちがどういう風に困っているのか、私自身も 十分にわかっていないところがあったのだと思います。こういった声を機に、より理解を深めていきました。
ICT教材eboardに字幕・ルビをつける取り組みが始まったのは、コロナ渦の2020年にろう学校の校長先生から頼まれたことがきっかけ。当時、一斉休校になったことでろう学校の生徒たちが学ぶ手段がなくなり、とても困った状況だったそう。その時に単純な字幕ではなく「やさしい字幕*」をつけてリリースしたところ、外国ルーツの子や発達障害の子たちにとっても、学習のプラスになることがみえてきたそうです。
*やさしい字幕
ろう・難聴の子、外国につながる子、学びの困りごとを抱えた子を主な対象に、学習のハードルが下がるよう編集された字幕のことで、NPO法人eboardが創作した言葉。具体的には、以下のルールで編纂し直された字幕。
くりかえしや、いいよどみ(「まぁ」「ええと」など)の除去/学年に応じた、習っていない漢字のかな化/文章の簡素化、標準化/分かち書き(文節などでスペースを入れる)/日本語能力検定N3〜N2レベル(=9歳、10歳の壁)への語彙の言い換え。
https://info.eboard.jp/yasashi_subtitles
中村さん:どうしても字幕というと聴覚障害の方のもの、ルビは外国ルーツで漢字を読めない方のものという認識があると思うんですけど、「やさしい字幕」をつけたことで想定していたよりも多くの人を助けることになるんだと実感しました。
なので、やさしい字幕プロジェクトの次に取り組んだ eboardにルビをつける取り組みは 、きっといろんな子に届くはずだという自信がありましたね。
「漢字が読めなくて困っている」という悩みは潜在的に多くあるはずだけれども、その悩みを声に出すことが恥ずかしかったり、「わからないなら勉強しなさい」と片づけられることが日本の文化的に多いのかもしれません。
中村さん:確かに日本の場合は、そういったことを言ってはいけない、言っても助けてもらえない、と子どもたち自身が思っているところがあります。そして何より、多くの子が「自分にどんな支援があればできるようになるのか」を認知出来ていないんですよね。勉強ができる子というのは「これがあれば・ここだけ教えてもらえれば、できるようになる」というのを認知できていることが多い。
特性や障害って生まれ持っているものなので、本人としては、自分もみんなと同じだと思っているんですよ。だからディスレクシア*の子の発見が遅くなりがちなのは本人が「みんなも苦労して、頑張って読んでいるんだ」って思い込んでいるからというケースもあります。なので先生や支援者の方がルビをつけたり工夫をしてみたりして初めて、「これだったら読める」とか「行間があけば読める」というのがわかるパターンが多いですね。
*ディスレクシア
学習障害のひとつのタイプとされ、全体的な発達には遅れはないものの文字の読み書きに限定した困難があり、そのことによって学業不振が現れたり、二次的な学校不適応などが生じる。
そして、その子自身の力でできるようになっていくためには、支援者の手助けを借りずに本人の力でやり抜くことも重要です。そういった意味でもルビや字幕をつけることは、学びの足場をかける一つの手段だなと思います。
なのでルビ財団の活動を知った時に、すごく価値のあることだなと思いました。もちろん、ルビをふることがすごく役立つ方もいれば、ちょっとだけ役立つ方もいると思います。そこにグラデーションはあるんですけど、幅広くいろんな方に役立つ取り組みだなと思いました。
増え続ける不登校の子どもたち
現在、不登校の小中学生は全国で約30万人(2023年10月の調査時点)にも上り、その数は年々右肩上がりに増え続けており大きな社会問題となっています。
文部科学省が定める「不登校」の定義は「病気・経済的理由・新型コロナウイルスの感染回避による欠席を除き、年度間に30日以上の欠席」であるため、学校には行っているが教室に入れない子などを含めると、その数はもっと多いということになります。
中村さん:不登校が発生する要因は、子どもたちに聞くのと先生に聞くのとでは実はギャップがあるんですけど、子どもたちが感じているのは「先生や生徒間の関係性の中でなんとなく」や「(関係性の問題から)体調不良につながって」など複合的な要因で学校にいけなくなることが多いようです。でも、その間にちょっと回復して「学校に戻ろう」という気持になった時に“壁”になるのが「勉強についていけない」ということ 。勉強についていけないから不登校になるという子は順番としては多くないのですが、“学校に戻る時”となるとそれがすごく不安なんですよね。やっぱり勇気を出して学校に戻ろうとした時に、勉強できない期間があったために、“漢字が読めない”っていう状況はすごく辛いじゃないですか。せめて、読むことが出来れば、「頑張って理解して授業についていこう」とか「予習してみよう」という気持になると思うんですけど、元々学習意欲もそんなに高くない子たちにとってはそこで挫けちゃう。だからそういう子たちにとっても、ルビがついているということは重要です。
例えば、不登校の子がいる家庭でよく聞くのは、保護者の方が(主にお母さんなのですが)場合によっては仕事も辞めてほぼ一緒に居ながら学習をみる時に「今までは問題を読み上げていたけど、ルビがあることで子どもが自分で学習できるようになり、とてもありがたい」と。“読む”という補助の必要がなくなるだけで、保護者の方がだいぶ楽になるみたいです。
当然ながら 、外国ルーツの子やディスレクシアの子にとっても、 ルビがついていることはすごく助けになっています。
どのような経緯や環境の中で不登校になるのかは様々です。教育熱心な家庭であれば保護者が一緒に問題解決に取り組むでしょうが、そうではない家庭環境の子も多いように思います。そういった子どもたちはどうやってeboardにたどり着くのでしょうか。
中村さん:そういった子たちがたどり着く経緯として多いのは、学校や教育委員会でeboardを導入してもらって、不登校や教室に入れない子が出てきたらeboardを割り振ってもらうという仕組みの中からです。他には、家から出られない子もいるので、そういう子にはソーシャルワーカーさんが家庭訪問した時にeboardを紹介していただくというケースも増えています。やはり大事なのは“現場を通じて”というところですね。不登校の子たちにもしっかり届けようと考えると、絶対に“人”というソフトな部分が動いてこないと実現できないので。技術と人、そこをちゃんと掛け合わせていかないといけないなと思っています。
「学びをあきらめない社会」の実現のために
eboardが目指すのは、たとえ、どんな環境にあっても、子供たちが「学んでみよう」と思ったとき、子どもたちの学びを「支えたい」と思ったとき、「いつでも、どこでも」それが実現できる、そんな「学びをあきらめない社会」の実現。このミッションを実現すべく、ルビ・字幕の取り組みを通してこれからeboardが向かおうとしているのはどのようなところでしょうか。
中村さん:ルビ財団が“財団”として活動しているのもそうだと思うのですが、社会全体のベースとして、学習を保障する機会をつくるにはNPOとして活動する必要があると思っています。多くの子はルビがなくても学べますし、支援が必要な子たちのためにルビ・字幕をつけましょうとなると、企業だとどうしても「儲かるの?」という話になってしまって回りづらいんですよね。
私たちのミッションは「学びをあきらめない社会の実現」なので、「あきらめる」ことは選ばずにしっかりやっていきたいなと思っています。
イメージとしては「学びの手すりを敷こう」という感じです。個々の障害に応じて「エレベーターをつくろう」だとコストがかかりすぎるんですが 、手すりならできるんじゃないかと。手すりがあることで「階段も登れました」とか「(手すりが)なくても登れるけど、あれば楽だった」という人もいるんじゃないかと思います。そういったグラデーションが生まれることを想像すると、自然な形でひろがっていくのではないかと思うんですよね。だからeboardの活動を通して、いろんなところに「学びの手すり」を敷くのが私たちの役割だと考えています。我々が教材を通して提供している本当の価値は何か、誰にどういったものを届けたいのか、そういった部分をもっと尖らせる思いでeboardはこれからも進んでいきたいですね。
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