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ルビで解決?外国ルーツの子どもの教育問題/東京大学准教授 高橋史子さん

インタビュー

2024/07/02

東京大学 大学院総合文化研究科 地域文化研究専攻 准教授 高橋史子さんに研究テーマの詳細と、ルビの可能性について語っていただきました。
ロフィール
高橋史子
オックスフォード大学社会学部博士課程修了、D.Phil. (社会学)。東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター助教等を経て、2023年より東京大学総合文化研究科・准教授。移民が受け入れ社会に参加する過程にどのような障壁があるか、その背景にはどのようなメカニズムがあるかを明らかにすることを目的に研究。研究成果を実践に応用することで、多民族化・多文化化する日本社会において、多様性と平等・公正をいかに両立できるかを探求したいと考えている。

高橋史子さんは、論文上で「移民」と呼ばれる、日本に住んでいる外国ルーツの子どもの教育に関心を持っています。今後そのような子たちが、学校教育を通じて日本社会に参加していくための教育達成や就労がどのように行われているのか、障壁があるとしたらどういったものかを研究中です。

特に、日本の学校の教員は日本人がほとんどであるため、教員と外国ルーツの子どもとの関わりに注目しているとのこと。また、アメリカで「多文化教育」「文化的に適切な指導」と表現される教育が、日本でどの程度実践できるのかなども研究テーマです。

今後、高橋さんとルビ財団は、共同で、外国ルーツの子どもの教育の解決策としてルビがどのように効果を及ぼすかを探っていきます。本日は、高橋さんの研究テーマの詳細と、ルビの可能性について語っていただきました。

知られていない、外国ルーツの子どもたちの教育問題

高橋さんがご自身の研究に興味を持ったきっかけは、中学・高校生の頃にさかのぼります。当時、ボスニアヘルツェゴビナなどの民族紛争のニュースをテレビで見て、純粋に「なぜ民族や宗教が違うだけで命の奪い合いが起きるほど対立してしまうのか」と疑問を感じ、対立を乗り越えるために役立つことは何か勉強しようと決めたそう。

大学へ進学後、日本の小・中・高校に外国出身の子どもが増えてきていることや、国内にいろんな出自の方がいることを学び、国際化が日本の中でも進んでいることを実感します。

高橋さん:大学時代、ベトナム難民として日本に来た方のお子さんたちの学習支援ボランティアをしていました。そのとき、日本社会の中で、日本語がネイティブのように話せないことが生活や学習の障壁になっている人がいること、そして彼らは普段の生活の中でもひどい差別を受けている状況があることを痛感しました。学校の先生と教え子の間でも、差別に近いことが起きています。もちろん教え子のルーツの違いに対し真剣に考えている先生もいるのですが、そのような先生に巡り会わなければ、その子どもの学校生活はもちろん、日本での生活も全てつらいものになってしまうでしょう。このような大学時代の経験から、研究をさらに深めるようになりました。

高橋さんが研究しているテーマが社会問題であるという認識は、日本でまだまだ広がっていません。まずはその認識を広めること、つまり外国ルーツの方との共生について日本に住む人々が考え、特に教育の分野で問題が大きくなる可能性が高いことを知ってもらうことが必要でしょう。そのための課題はまだまだ山積みだと、高橋さんは語ります。

高橋さん:現在私が関わっているプロジェクトでは、小学校保護者へのお知らせなど、先生と外国ルーツの子どもの保護者とのコミュニケーションをお手伝いしています。その中で、手紙を他言語に翻訳したり、保護者会を多言語化したり、保護者からお子さんのことや学校についてヒアリングしたりしました。その結果、例えばネパールの家庭からのアンケート回答率は100%。一部の先生方は、こんなにお子さんの教育に熱心なのかと驚かれていました。「言語」が先生と保護者との間で誤解を生む要因の一つになっていたと考えられます。

現段階では多言語化するという取り組みにとどまっていますが、日本語のまま漢字にルビを振ったり、簡単な表現だけでも、先生と保護者とで意思疎通が上手くできるのか、関心を持っています。

また、彼らは生まれた国と日本、少なくとも2カ国の文化に精通しているグローバルな方ですが、そのポテンシャルが生かしきれない理由の一つとして言語の壁があると思っています。

外国ルーツの中学・高校生にも問題を抱える子は多くいます。例えば、中学・高校以降の進路として進学や就職が考えられますが、保護者たちが日本での進学や就職の仕組みや必要な準備、奨学金の申請方法、永住資格の取得方法を理解していないというケースは少なくありません。また、そもそも情報自体が少ないことや、発信者が情報を伝えようとしても正しく伝わっていないなどの問題もあります。すなわち、日本の教育や就労システムに慣れていないご家庭にとって、お子さんの進路は大きな困難であり、この問題には言語の壁や情報格差が影響しているのです。

では、外国ルーツで日本にいる方に、日本の進学や就労システムを理解してもらえないかというと、そうではないと高橋さんは考えています。

日本では短い、移民の議論の積み重ね

髙橋さんの様子

外国ルーツの子どもたちの教育に関する問題を広く日本の人たちに知ってもらうにはどうしたらよいか。高橋さんが最も頭を悩ませている課題です。ルビ財団は高橋さんと共同で、どうアプローチしていくべきかも検討していく予定です。今の高橋さんの考えをうかがいました。

高橋さん:日本の少子高齢化により、政府が「外国人労働者が必要です」「女性も社会でどんどん活躍してください」と発信しています。このような発信のほとんどは経済的な観点を主軸にし、人を人材として見ているので、人権などの話には発展しづらい印象です。けれど、他の国を見ていると、エスニックマイノリティの人権や教育の権利の保障はメジャーなトピックとして議論されています。最近の日本で言われる「多様性」は、少子高齢化に伴い労働力や経済の効率性など生産性の文脈で語られがちですが、それだけでなく人権や教育の権利の文脈でも議論されなければならないと考えます。一方「人権」という言葉を使うと、とっつきにくく感じる人が多いかもしれません。どの論理なら人々に重要なことだと分かってもらえるのか、私も模索しているところです。

ビジネスに関わる人は、生産性や経済合理性というアプローチが響くでしょう。しかし、非営利組織であるルビ財団としては、「日本が国連から、『外国の人の教育という観点で、公平な教育の機会を与えていない』という注意を再三受けている」点を重視しています。グローバルな水準から大きくかけ離れる日本の実態をなんとかしたいと考えています。高橋さんも、この状況を正直に発信することが効果的なアプローチではないかと考えています。

高橋さん:EUで「移民統合政策指数」を公表しています。アジアでは、韓国は日本より上位です。さらに上にはスウェーデンやカナダがあります。「移民統合政策指数」は、さまざまな分野で移民を社会にどの程度包摂しているかが見られています。日本は、特に教育に関してスコアが非常に低いのです。

カナダやスウェーデンなど、移民統合政策指数の高い多文化主義の国では、移民の人権や教育について積極的な議論が積み重ねられています。もちろん、これらの国でも差別がないわけではありませんが、差別がなくならないからといって諦めるわけではなく、議論をし続けており、移民に関する議論や経験が蓄積されているという点は、日本との大きな違いといえるでしょう。

高橋さん:日本ではセンシティブな問題として扱われることが多いので、学校などで議論されることが少ないという背景もあります。例えば「移民」という言葉は、あえて政策では使われません。「労働者」や「外国人」という言葉を使っていて、とてもセンシティブに取り扱っている印象です。

一方で、マイノリティについて語るその語彙の豊富さは、英語圏に行くと日本と全く違うなと感じます。例えば、外国籍の教員やマイノリティの教員がいることの意義を、先生方が自分の言葉できちんと生徒に説明している姿をみたときに、これまで積み重ねてきた議論の量の違いを感じました。

日本では、人種についてなるべく触れないようにしようと考えている人が多い印象です。さらに「全員を同じく扱うことこそ平等だ」という考えも見られます。

高橋さん:たしかに「差別につながるから、あえて違いに言及しない」という考え方もあると思います。「日本ルーツの生徒も、外国ルーツの生徒も同じように平等に扱う」という考え方をよく耳にします。もちろん重要なことだと思います。ただ、言語や文化といった面で教育ニーズが異なる子どもに対しては、やはりその子どものニーズにあった教育を行う必要があるでしょう。

ある子にだけ特別な扱いをすれば、別の子たちが「あの子だけズルい」と言う可能性があるので、先生としてはどの子も同じように扱わなければならない。しかし、教育ニーズが異なるときにも「同じ」対応をしてしまうと、例えば外国籍の子は文字が読めないまま授業が進んでしまうという問題が生じるでしょう。授業一つとっても、どの部分を同じように教えて、どの部分は子どもの状況によって対応を変えるかということについて、解像度をあげて考え、子どもたちにも説明していかなければならないなと思います。

低い外国ルーツの子どもの高校進学率

明らかになっている問題として、外国ルーツの子の高校や大学の進学率が低いという事実があります。文化や言語によって教育の結果が大きく異なるのであれば、これは社会的に見て大きな問題だといえるでしょう。高橋さんはこの問題も研究・調査しています。

高橋さん:一部の学校では、外国ルーツの子どもたち向けの進学ガイダンスをやったり、多文化共生を推進するNPOと協働したりしています。このような学校の先生方は、やはり外国ルーツの子の将来に問題意識を感じているのでしょう。

たまたま親の都合で日本に来ることになった子どもたちが、日本の教育現場にうまく馴染めなくて、高校進学できないということがあっていいのか。外国ルーツの生徒さんの指導をご経験されている先生方からのこのような問いかけは多くの人に響くアプローチの一つになると考えています。

「漢字にルビ」が効果的な可能性あり?

髙橋先生の様子

高橋さんは、「学校からの手紙や保護者会を多言語対応すること」以外に、保護者と先生との連絡をスムーズに行う効果がルビにあるのではないかと、興味を感じているそう。実際にWebサイトなどを見ても、やさしい日本語や多言語対応、ルビを振るサイトが増えているように感じています。改めて高橋さんがルビについてどのように考えているか、伺いました。

高橋さん: :プロジェクトで学校からの手紙を多言語化したところ「正しい情報が伝わるので、ありがたい」と言ってくれたご家庭と、「日本語ができるので、多言語化しなくていいです」と言うご家庭がありました。後者の家庭では、日本語を勉強している途中なので、なるべく日本語に触れたいとも考えているようです。このようなご家庭に対して、保護者の出身国の言語で書いた手紙を渡すことは、失礼かもしれないと思いました。そこで日本語の手紙を渡すことにしたんです。

その一方、日本語の手紙で使われている漢字にルビを振っておけば良かったと、反省もしました。漢字にルビが振ってあれば、日本語を勉強中の方でも読めるでしょうし、読みながら日本語を勉強することもできるでしょう。そう考えると、手紙にルビを振って日本語を勉強してもらいながら、伝えたい情報も伝えるというのは、多言語化以外の方法として有効だなと思いました。

ルビが振られても、手紙を正確に読めないという人もいるかもしれません。しかし、ルビが振られた手紙を繰り返し受け取ることで、ひらがなくらいは覚えれば読み方は分かるだろうし、読み方、つまり言葉の音を知れば、「この言葉はあのことを意味してるんだな」と学習が進むかもしれません。漢字を覚えるのは難しいけれど、ひらがなは覚えようという認識が各家庭で出てくると、より情報は伝わりやすくなると思われます。

高橋さん:プロジェクトでは中国、ネパール、ウズベキスタンなどのご家庭を対象に実施し、ネパールのご家庭にはネパール語の手紙がいいのか、英語がいいのか、日本語がいいのかを考えました。けれど、各家庭でどの言語が最適なのかは実際に聞いてみないと分かりません。低学年のお子さんだと、自分は日本語を読めるけれど、親はどこまで読めるのか分からないという問題もあります。そこに、もう一つの選択肢として「ルビが振ってある日本語の手紙」があれば、ルビ付きのものとネパール語の手紙をお子さんに持って帰ってもらって、ご両親に両方を見せてどちらが良いか確認してもらうということもできたな、と反省しています。今後検証する際は、ルビ付きの手紙も選択肢に含めたいです。

ルビが子どもたちの将来を支えられるか検証していく

子どもは日本語を覚えていくけれど親がなかなか覚えず、親子での日本語の習熟度の差が開いて、しつけができなくなるという現象も確認されています。親子間で、住んでいる国への適応速度や度合いが異なると、親子関係が逆転しやすくなってしまいます。この点も、高橋さんが研究するテーマの一つです。

高橋さん:アメリカの研究では、移民家庭の親がなかなか英語を話せるようにならない一方で、子どもはどんどん英語を話せるようになり、アメリカの学校で友人関係などを構築していった場合に、親が日常生活で子どもを頼る場面が増え、親の権威が失われてしつけができなくなりやすいといったことが報告されています。場合によっては、親子関係が断絶されてしまい、子どもが自分一人で社会のさまざまな出来事に立ち向かわないといけなくなるということもあるようです。また、教育からも家庭からも早い段階で離れることを望み、早く働き始めるともいわれています。

私もベトナム難民として日本にやってきた方々のコミュニティに行ったとき、類似する状況を何度も目のあたりにしました。他の先生の論文を見ても類似するケースが実際に起きていることが確認されています。

一方で、親と子が同じように受け入れ社会に適応し、子どもが母語と受け入れ社会の言語を両方習得してバイリンガルとして育った場合、親やエスニックコミュニティとのつながりが維持され、受け入れ社会で生きていく上でのさまざまな困難に対して、親やエスニックコミュニティが力を貸してくれるので乗り越えていくことができやすいということがあるようです。

2023年の4月にヤングケアラー(病気・障害のある家族の介護などにより、本来受けるべき教育を受けられなかったり、同世代との人間関係が構築出来なかったりする未成年、あるいは未成年時代にそのような状況にあった人たち)の制度が、家族の通訳にも適用されるようになりました。実際に日本でも、日本語ができるお子さんが親の代わりに役所での手続きを全てやってあげたり、家賃の交渉をしたりしたというケースがあります。

このようなヤングケアラーとして通訳の役割をすることに生きがいを見つける子と、負担に感じて家から出てしまう子がいるようです。幼い子ほどこういったことは負担に感じるでしょう。親が子どもに頼らなくても情報を正確に受け取り、親の役割をすることができれば問題は減るのかどうか、ルビを振ることで、社会包摂にどれくらいの効果があるのか、今後検証したいと考えています。